僕も「いじめ防止対策推進法」における定義なら「いじめ」に遭っていたようだ

先日、ツイッターの投票機能を用いたアンケートに答えました。それは緘黙当事者を対象としており、「いじめ」「不登校」「ひきこもり」「特になし」の選択肢が提示され、それらの中に経験したものがあるか問うものでした。

僕は迷わず「特になし」を選んで投票しました。しかし、ふと「そもそも何をもっていじめとするのだろう?」と疑問に思いました。そこで、「いじめ」の定義について調べてみたところ、僕の中での「いじめ」の「定義」と大きく異なっていたことに気付かされたのです。

僕が持っていたイメージ

これまで学校における「いじめ」がどういうものを指すのか、自分の中ではっきりと明文化できていたわけではありませんが、自分の中での「定義」といいますか、「こういうのをいじめっていうのだろう」というイメージはありました。

それは「クラスメイトのほとんどが暴力を振るってきたり、暴言をはいてきたり、あるいは逆に完全に無視されたりするもの」というイメージです。もしかしたら極端なのかもしれませんが、このような「大人数 vs 1人」みたいな構図をイメージしていたのです。

そのため、場面緘黙カテゴリの過去記事で書いているような嫌がらせを日常的に受け、苦痛ではありましたが、それを「いじめられているのかもしれない」と疑うことは全くありませんでした。

それどころか、(いじめられていないと思っていた)僕は運が良いのだとずっと信じてきました。なぜなら、緘黙の症状がある方で、いじめられた経験がある、あるいは現在進行形でいじめられている方のネット等での語りをよく目にしていたからです。

苦痛の多い学校には行きたくありませんでしたが、「同じ場面緘黙でも僕はまだ恵まれている方なんだな、みんな辛い経験をしているんだ、自分も頑張らなきゃ。」と思っていました。他人と比べるようなものでもありませんが、当時の精神状態ではそう考えていたのです。

いじめ防止対策推進法における定義

ところが、記事冒頭で書いたように、自分の中で抱いていたイメージそれだけが「いじめ」ではないことに気付かされました。

平成25年6月28日に制定され、同年9月28日に施行された「いじめ防止対策推進法」には、「いじめ」の定義が以下のように記されています。

この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

引用元「別添1 いじめ防止対策推進法(概要):文部科学省」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337278.htm

当時から「いじめ」がこう定義付けられていたのならば、僕は間違いなくいじめられていたことになるでしょう。叩かれたり蹴られたりといった物理的な影響は受けていませんが、冷やかしやからかい、悪口を言われることによる心理的な影響は受けていましたからね。

また、関わる人数は一切関係がありません。仮に「2-3人 vs 1人」でも、いや「1人 vs 1人」でもいじめは成立するのです。そのため、僕は一部の人達からしか嫌がらせを受けていませんでしたが、それでも苦痛は感じていたため、いじめられていたことになります。

なお、平成18年以前の文部科学省による「いじめ」の定義は次のようなものでした。

「いじめ」とは、「(1) 自分より弱い者に対して一方的に、(2) 身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、(3) 相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とする。なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

引用元「いじめの定義:文部科学省」
http://www.mext.go.jp/ijime/detail/1336269.htm

そもそも、関わる人数については問題ではなかったんですね。

しかし、ここでは「深刻な苦痛」であることが条件に挙げられています。どの程度の苦痛を「深刻」とするのかが分かりづらいですね。当時の僕がこの定義を知っていても「苦痛はあるけど学校には行けているしいじめではないな、我慢して頑張ろう。」と思ったことでしょう。

「いじめ」の定義を知ることができて良かった

今回、ツイッター上でのアンケートをきっかけに「いじめ防止対策推進法」における「いじめ」の定義を知れて良かったです。

僕も「いじめ」に該当する経験をしていたのだなと気付けたところで、苦痛を感じていた当時の自分が救われるようなことはありませんが、喋れなかった自分を過度に責める必要もないのかな、と今後は思えそうな気がしています。

もちろん、当記事内で紹介した「いじめ防止対策推進法」における「いじめ」の定義は完璧なものではありません。解釈にブレが生じないよう、定義の明確化が求められているようです。

実際、平成29年2月7日に開かれた「いじめ防止対策協議会」にて配布された資料からは、「いじめ防止対策推進法」における「いじめ」の定義をはじめとして、様々な項目について議論が進められていることがうかがえます。

▼以下のページにPDFファイルへのリンクがあります
いじめ防止対策協議会(平成28年度)(第8回) 配付資料:文部科学省

このような議論の動きを知れたのも良かった点です。僕自身「いじめ」問題への関心が高まりましたし、今後は以前とは異なった視点からも当問題について考えられるようになっていけたら良いなと思います。

*念のため書いておきますが、「いじめ」の定義に当てはまるかどうかによらず、苦痛を受けている人は救われてほしいと考えています。当記事の趣旨は、定義を知ったことがきっかけで過去の自分を責めすぎる必要はないと思えそうになった、という点にあります。