「場面緘黙で良かった」と思える未来を迎えたくなった

先日、場面緘黙で良かったこと?という記事を書きました。深夜の鬱々としたテンションで書いてしまったのですが、ある記事がきっかけで前向きな気持ちになれました。

soarの記事を読んだ

「soar」という団体をご存知でしょうか。社会的マイノリティに焦点をあてたNPO法人で、イベントの開催やコミュニティの運営などをおこなっています。

また同名のウェブメディアも運営しており、特定の状況で話すことができなくなる「場面緘黙(かんもく)」って知ってる?症状のある人たちをサポートする「かんもくネット」が伝えたいことという記事がきっかけでチェックするようになりました。

そして一昨日、“誰かと食事をする”ことが困難な「会食恐怖症」って知ってる?山口健太さんが症状を克服するまでという記事を目にしました。

もともと会食恐怖症の存在は知っていたのですが、この記事を通してより理解を深めることができましたし、山口さんの考え方から学ぶことも多くありました。

山口さんの言葉で前向きになれた

山口さんは当事者経験について語っており、読み進めていく中でとても共感できる箇所がありました。

骨折などの怪我であれば、体にギブスがあるので、それを見た人は「大丈夫?しっかり休んで元気になってね」というような言葉を掛けると思います。ですが、会食恐怖症は目に見えません。

http://soar-world.com/2018/03/29/kentayamaguchi/

これは「会食恐怖症であることを友人に告白するも軽くあしらわれてしまった」という経験談の後の発言です。

僕も似たような経験があり、また会食恐怖症と同じく場面緘黙も目には見えないものであるため「分かるなあ」と思いつつ読み進めていきました。

すると次の文が目に入ってきました。

症状を克服するというと、症状のある“マイナス”の状態から、健常の“ゼロ”の状態になるというイメージを持つかもしれません。ですが私は、「会食恐怖症になってよかったな。会食恐怖症になったからこういう学び、出会い、経験ができたんだな」と思うことができています。

http://soar-world.com/2018/03/29/kentayamaguchi/

僕は以前、「場面緘黙のゴールは?」という質問に対して「症状が全く出なくなること」と答えたことがあります。そして、そうなることで自分も「普通の人」としてスタート地点に立てる、という考えを持っていました。

まさに山口さんが言うところのマイナスからゼロになるイメージですね。

そして、より印象に残ったのが「会食恐怖症になってよかった」という部分です。

当ブログでネガティブな記事を書いてから3日しか経っていなかったため「え?」と初めは思いました。

しかし、山口さんの記事を読めば分かるのですが、一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を自ら設立し、同じ会食恐怖症で悩む人々を支援する活動をおこなっていらっしゃいます。

その活動を通しての学びや出会い、そしてご自身と同じような境遇の人をサポートする経験などによって日常に充実感を覚え、「会食恐怖症になってよかった」と現在は思えるようになったというわけです。

「そうか!」とハッとさせられました。

僕自身もまた、何らかの形で場面緘黙の人をサポートできているという実感が持てれば、自分の中にある”場面緘黙への憎しみ”みたいなものが薄れるかもしれないし、辛い思いをしてきた経験も無駄ではなかったと考えられるようになるかもしれない、と思いました。

そうして僕の人生における「場面緘黙の物語」を最終的にはプラスなものへと書き換えられるような、そんな「場面緘黙で良かった」と思えるような未来を歩んでいきたい、と前向きな気持ちにさせられました。

現在の僕はエネルギー不足気味で今すぐ何かできるわけではありません。

しかし、これまで具体的に持てなかった人生の目標みたいなものができたので、ゆっくりではあるものの、当事者意識を持って自分自身の人生を歩んでいきたいなと思います。