場面緘黙の症状が大幅に改善した大学時代を振り返る

前回の精神的にツラくも緘黙の症状が和らいできた高校時代を振り返るという記事に引き続き、今回は大学時代から就職後のことについて書いていきたいと思います。かなり症状の改善が見られたのがこの大学時代です。

精神的に楽だった浪人生時代

大学入学からと言っておきながらすいません。実は高校卒業後に1年浪人生活を送っていました。当時は地元の予備校に通っており、いわゆる勉強漬け……とまではいかないかもしれませんが、それに近いような毎日でした。

浪人生活は精神的にツラいと言われがちすが、僕はむしろ小学4年生の転校以降では最も精神的に楽な1年間でした。

毎日勉強ばかりという精神的・肉体的ストレスや「今年も落ちたらどうしよう…」というプレッシャーによってツラいというのが一般的かもしれませんが、僕は勉強も特に苦にならなかったしプレッシャーも全くありませんでした(それはそれでどうだろう)。

むしろ、他人と会話をする必要がほとんど無かったため、高校時代のように「せっかく話しかけてくれたのに上手く喋れなかった…」と落ち込むこともまたほとんど無かったのです。

もちろんクラス(といっても確か100人以上いたような)にはグループを作る人もいましたが、常に1人で過ごす人もたくさんおり、僕が変な目で見られることはありませんでした。

そのため、浪人生だった1年間は精神的に健康な日々を送ることが出来たのです。

入学後はサークルに加入

さて、無事とある大学に合格し浪人生活を終えた僕は、進学のために東京に出てきました。地元を離れるということで初めての一人暮らしの開始です。……といっても特に一人暮らしに関するエピソードはないので大学での話に移りますね。

大学では入学後すぐにサークルに入りました。この決断が僕の緘黙の症状をより和らげる結果となりました。どういうことかというと、サークル活動をして同級生や先輩と接しているうちに高校時代よりも喋れるようになったのです。

具体的には、高校生の時には出来なかった2往復以上の会話や、(これはたまにですが)自分から話を振ったりすることも出来るようになりました。

また、声を出して笑うことも出来るようになった(両親の前では未だに出来ませんが)し、”話しかけられても何も答えられない”ということもなくなりました。

「普通」の人は幼児期でも出来るようなことばかりですが、これでも僕にとっては本当に大きな進歩でした。

ただ、ひとつ分からないことがあります。それは、なぜ以前よりも喋れるようになったのかということです。何か特別なきっかけがあったわけではなく、気が付いたら症状が緩和していたのです。僕自身、未だに明確な理由は分かっていません。

アルバイトに挑戦

前よりも喋れるようになったということで、人生で初めてのアルバイトに挑戦してみました。レジャー施設での接客業です。

接客業を選んだのは、話すことのトレーニングがしたいという思いが少なからずあったためです。裏を返せば、前と比べて喋れるようにはなったものの、社会に出てからもこれで大丈夫なのか、仕事をやっていけるのかという不安があったのです。

さて、無事面接に受かってアルバイトをし始めることになったわけですが、結論から言うと周囲の人に恵まれたこともあって特に大きな問題はなく続けることが出来ました。期間としては<大学1年の冬から大学3年の夏まで>と<大学4年の秋から卒業まで>です。

同じバイト仲間や社員の人、またはお客さんと様々な会話をしていく中で”喋ること”にだいぶ慣れることが出来ました。

バイトで学んだもの/得たものと言えば「仕事への姿勢・チームワークの大切さ・多角的な視点を持つこと・お金の大切さ」などが一般的かもしれませんが、僕にとってはその「喋ることへの慣れ」こそがバイト経験で得たなによりの財産だと思っています。

サークルを辞める

高校時代よりも喋れるようになるきっかけとなったサークルですが、3年生の春に辞めることになりました。その理由は中学・高校で部活を辞めたときと同じく、精神的にもう無理だと判断したためです。

サークルやバイト等で喋ることに慣れてはきたものの、他の人と同じように喋ることは出来ませんでした。やっぱり「なんで喋れないの?」、「思うように喋れたら自分だって…」という思いが頭に浮かんでは離れなくなってしまうのです。

小4の転校を期に場面緘黙の症状が再発して以来、中学→高校→大学と進むに連れて確かに少しずつ症状の改善は見られました。実際、大学生になってから高校のクラスの集まりに行ったところ「前より喋るようになったね。変わったね。」と言ってもらうことが出来ました。

しかし、それでも思い通りに話せるようにはなっていません。実家にいる時の自分とかけ離れた自分が現れてしまう……それが大学生活においても大きな悩みとなり、苦しみを生んでいたのです。

ちょっと話が逸れかけたので軌道を戻しますが、結局、サークルの人には「ゼミが始まって忙しくなり、サークルの方に時間を割けない。」という理由を告げて辞めました。

「元々場面緘黙というものでうんぬん…そして今は抑うつ状態になっててうんぬん…」なんてことは言えなかったので嘘をついてしまいました。

多人数での話し合いが苦手

3年生から本格的にゼミが始まったのですが、そのゼミでの多人数での話し合いが苦手でした。苦手というか全く出来ないと言った方が良いかもしれません。

比較的喋れるようになったと言ってもそれは少人数での話。十数人が自由に意見を交わしあう場では、その話し合いについていくことが出来ませんでした。全く発言出来ないどころか、何について話しているのかさえ分からないことも多くありました。

時々「○○君はどう思う?」と当てられることもあったのですが、まともに答えられたことの方が少ないです。だいたいいつも一言二言で終わってしまい、他の人のように長々と(悪い意味でなく)自分の意見を述べることは出来ませんでした。

家では止まることなく考えや言葉が浮かんでくるのですが、なんで外だとそうはいかないんでしょうね。

就活ではGDが鬼門

ゼミでのディスカッションがダメだった僕は、就職活動におけるグループディスカッション(GD)もまたダメでした。

どうダメだったかというと上で書いたゼミでの話し合いと全く同じなので省略しますが、就活を通して1回もGD選考を通過することはありませんでした。確か9回くらいGD選考を受けたのですが、全てその段階で落ちてしまいました。

このように僕にとってGDは鬼門だったわけですが、その他の選考は大丈夫だったかというとそうでもありません。

個人面接(就活生が自分1人)と集団面接(就活生が複数人)とではまるで別人のようでした。具体的には、集団だと必要以上に緊張してしまうのか早口になったり、言葉が繰り返しつっかえたり、自分でも何を言っているのか分からなくなったりしてしまったのです。

就職後について

そんな僕も縁あって内定をもらうことができ、事務職として働き始めました。

大学時代にだいぶ話せるようになったこともあり、”喋れないことで業務に大きな支障をきたす”ということはありませんでした。ただそれは、職場や職種の特色もまたかなり影響していると考えられます。

例えば、営業職に就いていたとしたらかなり苦労したに違いありません。実際就いていないので推測になってしまいますが、営業職であれば<営業力>や<交渉力>など積極的にコミュニケーションをとる能力がかなり重要になってくることでしょう。

以前よりはマシになったとはいえ未だに人並みに話せないため、自分が営業職として問題なく働いている姿は全く想像が付きません。

そしてもうひとつの例ですが、僕の職場では事務職の新人が会議に出席することはありませんでした。そのため、大の苦手とする多人数での話し合いを経験せずに済んでいたのです。もし会議で積極的な発言を求められる環境であったならば、とてつもなく苦労したと思います。

このように職場や職種の特色でまだ救われていた部分がありますが、これからの人生きっとそうはいかないでしょう。それをどう乗り越えていくか、これが今後の課題になりそうです。

……とはいえ、1対1の状況でさえ自分から世間話を振るのが難しいという現実。道は果てしなく長いですが、一歩ずつ確かに進んで行けたらいいなと思います。

おわりに

さて、今回の記事はこれで終わりです。同時に幼稚園入園からの”振り返りシリーズ”もまた終了となります。

今後も当ブログでは場面緘黙に関する記事を書いていくつもりです。具体的にどう書くかはまだ決めていませんが、もし興味があればそちらの記事も読んでいただけると嬉しいです。

この記事を書いた人

エヌジマ

エヌジマ

三十路の唐変木。学校など特定の社会的状況で話せなくなる場面緘黙(ばめんかんもく)を過去に経験。現在も雑談は大の苦手で、時に緘黙の症状が出ることも。このブログでは自分の日常や「紹介したい!」と思ったものを中心にいろいろ書いています。詳しくは当ブログについてをご覧ください。また、お問い合わせはこちらのフォームからどうぞ。