自由に話せるって楽しい。緘黙が治った小学校時代を振り返る。

前回の【緘黙】園外では友人と話せていたかも?な幼稚園時代を振り返るという記事に引き続き、今回は小学校時代のことについて書いていきたいと思います。

なお、途中で長くなってしまったことに気付いたので2回に分けることにしました。この記事はその前半部分になります。

小学校低学年

幼稚園の入園式の時のように泣き叫ぶなんてことはなかったのですが、周りが知らない人だらけですごく緊張していたことを覚えています。

その緊張のせいなのかは分かりませんが、やはり幼稚園の時と同じように「うん」「ううん」という言葉や首振りが僕のコミュニケーション手段でした。

それとこの頃は「声を出さない笑顔」をよくするようになっていました。これはクラスメイトや先生に対して(喋れないけど)敵意があるわけではないと示すためのものであり、嫌われたくない・本当は仲良くしたいという感情が表出したものでした。

しかし、みんなが何の問題もなく話してる中で僕のような存在は異質なものです。クラスメイトから「なんで○○君は喋らないの?」と数えきれないほど聞かれました。

僕も何故喋れなかったのか分からなかったため「分からない」と答え……ることも当時は出来ず、首をかしげながらニコニコしてやりすごすのが常套手段でした。

まだ小学校低学年でクラスメイトも深く追求することはなかったので、それでなんとかなっていました。無口だとはよく言われていましたが。

授業中は喋れないわけではなかった

話したいのに話せない。場面緘黙(ばめんかんもく)って知っていますか?という記事の中でも少し触れたのですが、授業中の教科書読みなんかは問題なくこなせていました。それどころか、授業中は積極的に手を挙げて問題に答えるような子どもでした。

僕の緘黙の症状が比較的軽めであったのかもしれませんが、おそらく「何を言えばいいのかの答え」が明確に分かっている状況では喋ることが出来たのではないかと思います。

教科書読みは自分の考えなんて必要なくてただ書いてあることをそのまま読めばいいだけです。問題に答えるというのも例えば算数なら「1+1=2」という自分の思っていることとは関係のないところで答えが存在しています。

こういったことを口に出すのは問題なかったのでは……と書いていて思い出しました。当時は「おはよう」という挨拶さえ出来なかった(出来るようになったのは高校時代)のです。

もちろん挨拶をしないのは良くないと分かっていたのですが、何かが喉元に詰まっているような感覚があり、挨拶を返すことが出来なかったのです。挨拶された時はニコニコしながら会釈…とはまた違うハトが歩くときに首を前に突き出すような仕草を1回。

これが僕の出来る精一杯の挨拶でした。

学校以外では比較的喋ることが出来た

学校では挨拶もままならない僕でしたが、学校以外、特に近所に住む友人とは比較的喋ることが出来ました。それは子供会の存在が大きかったのではないかと思います。

家族ぐるみでの活動が多かったため、自分の親がいる状況で近所の子ども達と接することができ、割と家の中に近い感覚で喋っていました。

とはいっても、家の中と全く同じようにベラベラ喋れたわけではありませんが、学校の中とはだいぶ違った印象を友人は持ったのではないかと思います。

きっかけはテレビの不具合

さて、相変わらず学校ではほとんど喋れなかったのですが、3年生の時のある出来事がきっかけでその状況は一変しました。

それは学校の給食の時間でした。その日はテレビを使った校内放送があったのですが、なぜか僕のクラスのテレビは砂嵐状態で映りませんでした。教室の中のみんなは「まだ始まらないの?」「中止になったんじゃないの?」と困惑していました。

そんな中、気付いたら僕は「他のクラスはちゃんと映ってたよ!」と大きな声で言っていました。クラスメイト全員が一気に僕の方を見たあの光景は今でもはっきりと覚えています。そりゃあ普段喋らない子が急に大声を出したら注目を浴びることになりますよね。

一斉に視線を集めてしまった僕は「うわっどうしよう……」と思ったのですが、すぐに同級生達が「○○君が喋ったー!!」と言ってくれました。もちろん恥ずかしさはすごくあったのですが、それと同時になんだか嬉しいような気持ちにもなりました。

この時期が人生のピークかも

さて、上の出来事は確か2学期か3学期のどちらかにあったのですが、そこから僕の学校生活はかなり変わりました。クラスの中でも多くの人と仲良くなることが出来たし、放課後には毎日のように友達と遊んでいました。

ある友人と遊べばその友人の友人とも友達になれる、そんな日々が続いて本当に楽しかったのを覚えています。思い出すと泣きたくなるくらいです。

そうそう、僕の学校ではその年度の最後にクラスで冊子を作ることになっていました。内容は1年で思い出に残ったこと等の作文や、「○○になりそうな人は誰?」みたいなよくあるアンケートでした。

その中で「今年の良いニュースは?」的な項目があり、「○○君の無口病が治ったこと」がランクインしていたのです。小3の時のことなので無口病なんていう表現になったのでしょう。

まあそれはともかく、かなり嬉しかったことは確かです。僕自身喋れるようになって嬉しかったし、周りのクラスメイトも僕が喋れるようになって喜んでくれていたとわかったからです。本当に良いクラスメイトに恵まれました。

もし過去に戻れるなら迷いなくこの時に戻りたい、そう思えるくらい僕の人生において最も思い出深い時代でした。

しかし、人生とは厳しいものなんですね。その楽しい日々も小学4年生の夏休みで終わってしまうことになりました。

ちょっと長くなってしまったので今回はここまでにします。続きは次回の記事で書きたいと思いますので、よろしかったらそちらもご覧ください。

▼書きました
まさにターニングポイント。緘黙が再発した小学校時代を振り返る。