まさにターニングポイント。緘黙が再発した小学校時代を振り返る。

この記事は自由に話せるって楽しい。緘黙が治った小学校時代を振り返る。の続きです。前回の最後の方で場面緘黙が治ったと書いたのですが、あるきっかけでまた喋ることが出来なくなってしまいました。

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まさかの転校決定

小学4年生の夏休みに入って少し経った頃。その知らせは突然やってきました。父親の仕事の関係で引越し・転校することになったのです。

思い通りに喋れるようになって楽しい日々を送っていた僕はとてもショックを受けました。最初聞いた時は自分の部屋にこもって泣いてしまったほどです。

しかも転校が決まったのも実際に引っ越すのも夏休み中だったので、ほとんどの同級生に会うことも別れの挨拶もすることが出来ずじまいでした。

転校後はまた喋れなくなった

さて、夏休みが終わって新しい学校での生活が始まりました。が、その初日の入り方が悪かったのです。

その日はもう家にいるときから緊張しっぱなしでした。朝はとりあえず職員室に行き、先生に連れられて教室へ向かいました。戸を開けると一斉に向けられる視線。この時点で緊張はMAXだったのですが、自己紹介で言うことは暗記してたので難なく出来ました。

問題は休み時間です。転校生がやってきたということで、質問攻めにあったのですが、YES/NOあるいは一単語で答えることしか出来なかったのです。

周りの人は「初日だから緊張しているのだろう。」と思ってくれたのかもしれませんが、僕自身は「思ったように喋れない。このままだとやばい。またあの喋れなかった時に戻ってしまう。」と内心思っていました。

そんな僕は「早く馴染まなきゃ!」という思いから、周りに促されつつふざけていました。多くの人は笑ってくれたのですが、ある1人(後にいわゆる「悪がき」風な人と知る)だけは気分を害したようで、先生にキレながらこいつ(僕)が調子に乗ってるとかいろいろなことを言っていました。

結局僕はみんなの前で先生に怒られ謝らせられることになったのですが、この件で完全に委縮してしまいました。

また、転校前の学校との人間関係の違いにも非常にとまどいました。男子と女子との間に壁というか距離がすごくあるのを感じました。元の学校だと男女一緒に遊ぶのは当たり前で区別がないような感覚だったので、カルチャーショックのようなものを受けましたね。

まあとにかく、新しい環境での緊張に加えて以上のような委縮する出来事や人間関係への戸惑い等によって、またもや思うように話せないようになってしまったのです。

転校後から卒業するまでのコミュニケーション手段は、やはり「首振り・うん/ううん・一単語・声のない笑顔」というものでした。

やはり限られた人とは話せた

そんな僕でも割と問題なく話せる人がいました。同じマンションに住む同級生や近い年齢の子達です。学校から帰ってくるとほぼ毎日のように遊んでいました。

ところでなぜその子達と喋れたのだろうと考えてみると、それは親を含めての付き合いが多かったからなのかもしれません。学校から帰るとマンションの廊下で母親同士が立ち話をしていて、そこに学校から帰ってきた子が順次加わるというのが日常茶飯事でした。

そんな環境だったため、僕も家にいるのと近い感じで喋ることが出来ていたのだと思います。小学校低学年時代にも町内会関係の人とは割と話せていて、その時もやはり親が関わっていました。”親を交えたそこそこの頻度での関わり”っていうのが僕にとってはポイントなのかもしれませんね。

近所の人達とは喋ることが出来ていたため、学校で喋れないことは大きな悩みにはなりませんでした。が、その一方で緘黙に対する親の理解は得ることが難しくなっていたように思えます。親からすれば家の中でも外でも喋れているように見えますからね。

それなりに悩んではいた

大きな悩みにはならなかったものの、それなりに学校で喋れないことは悩んでいました。「なんで自分だけ皆と同じように喋れないんだろう」、「なんで喋りたいと思っているのに言葉が口から出てこないんだろう」、そんなことを思っていました。

毎日のように学校で「なんで○○君は喋らないの?」、「”あ”って言って」、「無口」と言われていたことがそれに拍車をかけていました。(いわゆる「いじめ」にまでは発展しなかったのでその点は恵まれているなとは思います。)

結局、卒業する頃になっても悩みは解決しませんでした。日々「喋りたい!」と強く思っていても駄目でした。卒業アルバムの裏表紙は真っ白。僕の小学校生活は終わりました。

そんな僕でも中学校生活に向けて強く思ったものです。

「小学校では喋れなかったけど、中学校では絶対に喋れるようになる!」

しかし、中学校の入学式当日、そう簡単にはいかないと思い知ることになったのです。

▼続きはこちら
【緘黙】同級生からの風当たりが強かった中学校時代を振り返る

この記事を書いた人

エヌジマ

エヌジマ

三十路の唐変木。学校など特定の社会的状況で話せなくなる場面緘黙(ばめんかんもく)を過去に経験。現在も雑談は大の苦手で、時に緘黙の症状が出ることも。このブログでは自分の日常や「紹介したい!」と思ったものを中心にいろいろ書いています。