場面緘黙の子にとって夏休み等の長期休暇は「妨げ」となるかもしれない

かんもくネット掲載の”よくある「誤解」”について僕の場合はどうだったか振り返ってみたという記事を書いていてふと思いました。

学校の長期休暇は喋れるようになる上での「妨げ」となるかもしれない、と。

そう思ったのは、僕が学校と家でとある経験をしていたからです。

学校での経験

そもそもの話なのですが、僕自身はこれまでいくつかの記事で書いてきたように、学校では少し喋れるという状況でした。

そんな僕が特に高校時代に感じたのが、長期休暇明けの違和感です。

どういうことかというと、「前より喋れるようになったかも…」と思っても、長期休暇を挟むとその状態がリセットされてしまっていたのです。

高校時代には周りの多くの人がよく話しかけてくれたのですが、その中でも特に「話しやすいかも」と思う人がいました。そんな同級生が相手でも、夏休み明けには相槌や首振りが精いっぱいになってしまうことがあったのです。

よく分かりませんが、毎日の学校生活で蓄積した「慣れ」みたいなものが長い休みの間に崩壊してしまったのでしょう。数日経てば休み前の状態に戻ることが出来たものの、当時は「また元通りか…」と落胆したのを覚えています。

このような経験の一方で、小学校時代には長期休暇を挟んでも比較的喋れる人がいました。元場面緘黙の僕が「小学校入学~卒業」をざっくりと振り返ってみた(2)等で書いた近所の人たちです。

近所には様々な年齢の子がいたのですが、長期休暇中も日頃よく接していたためか高校時代のように「リセットされる」ことがなかったのです。積み重ねた「慣れ」が途切れずに継続されていたんですね。

以上のことから「間隔を空けない」ことが場面緘黙の症状を和らげるのに大切なのではないかと思うわけです。

家での経験

学校とは違い、家の中では問題なく喋ることが出来ていました。

しかし、これまた高校時代の話なのですが、危うく家の中でさえ喋れなくなりそうになったことがあります。

当時は「なんで家の中では喋れるのに学校だと別人のように喋れなくなってしまうのだろう…」と毎日のように悩んでいました。そんな僕は「あえて家の中で喋らないようにすれば学校で喋れるようになるかもしれない」とある日思いついたのです。

馬鹿げた発想だと思われるかもしれませんが、当時の僕は必死だったので早速実践に移してみました。

もちろん全く喋らないわけにはいかないので、相槌や短い単語で返答するようにしましたし、なるべく自分の部屋にこもるようにもしていました。当然親は異変に気付き「何なの?」という感じだったのですが、構わず続けました。

続けたといっても1週間も続きませんでした。なぜそんな短い期間で終わったのかというと、狙い通りに学校で喋れるようになったからというわけではありません。むしろ、家の中でさえ学校にいる時と同じように喋れなくなってきてしまったのです。

焦って元に戻そうと思いましたが、以前のように思い通りに話せるようになるのには1週間くらいかかりました。

自由に話せるはずの家の中でさえこうなので、喋れない場所である学校が長い休みに入り、同級生と接することがなくなってしまえば、休み明けには「リセットされる」ような感覚になって当然なのかもしれません。

おわりに

さて、ここまで「学校の長期休暇は喋れるようになる上での妨げになるかもしれない」ということを書いてきました。

あくまで僕自身の経験に基づいた考えなので、場面緘黙の人すべてに当てはまるとは限らないでしょう。

学校がツラくて仕方ない場合には、長期休暇が”心の休息期間”という良いものとして機能し、結果通学を続けられるなんてことがあるのも想像に難くありません。

ただ、緘黙の子の支援という視点から考えると、学期中における学校生活の支援はもちろんですが、夏休み等の長期休暇中の支援についても工夫する必要があるのではないかと僕個人としては思います。

なんてことを言いつつ、実際に行われている支援についてはまだまだ知識不足なので、今後はそういった書籍等を読んで勉強していきたいです。