東京を離れ、実家のある宮城へ引っ越すことになりました。

2015年7月31日、現在住んでいる東京都から宮城県仙台市へと引っ越します。ポジティブな理由で引っ越すわけではありませんが(むしろネガティブ)、リスタートを切ることが出来ればと考えています。

ポジティブな理由ではないと言いましたが、実は僕、勤めていた職場を結構前に退職していました。

「若者は入社後3年で3割辞める。」という言葉を学生時代に聞いたことがあります。

その時は自分がその3割の若者になるとは思っていませんでした。もちろん、向上心や独立心で退社する人もそこには含まれているでしょう。しかし、僕の場合はそんな立派な辞め方ではありませんでした。

なぜなら、健康上の理由での退職だったからです。もっと言えば、「うつ」がその原因でした。

病院でそのような診断が下されると驚く人も多くいるかと思います。「まさか自分が?」と。しかし、僕自身驚きはありませんでした。過去にも高校・大学時代に同じような症状があったため、「うつ」というワードにも「ああ、そうか。」と素直に納得したのです。

ただ、自分の状態を受け入れたからといって良くなるわけでもないのが「うつ」の難しいところ。職場から休職期間をいただき、その間は治療に励んでいたものの、職場復帰出来るまでには回復しませんでした。

結局、休職期間終了に伴って退職する運びとなったのです。
そして退職後から今日この日まで、貯金を崩しつつ生活してきました。

今なお貯金で……という点からお察しの方もいるかと思います。はい、未だに僕は働けていません。体調が良くなったら働こうという考えでしたが、まだ問題を抱えています。

正確に言えば、通院を続けたおかげで「うつ」からは脱却出来たのですが、現在は過敏性腸症候群による腹痛に悩まされています。しかもここ数か月は症状が悪化しており、長時間の外出に対して恐怖心を持つようにもなってしまいました。

このたび実家に戻ることになったのは、そんな状況を踏まえ、親と今後について話し合った結果です。この年にもなって不甲斐ないですが、心身ともに万全な状態に戻し、そこから再スタートを切れればと思います。

そもそも「うつ」になった根本には、場面緘黙(かんもく)があると感じています。明確な証拠があるわけではなく自己分析ですけどね。

高校生の時にネットで場面緘黙について調べていたところ、「なかなか就職できない。」、「就職は出来たけど長続きしなかった。」という掲示板への書き込みやブログエントリーをよく見かけました。

同じ緘黙の症状を持つ者として今後の人生の困難さを実感し、それと同時に「自分は就職して長く仕事をするんだ。」と決意したのを覚えています。

しかし、結果はこのザマです。

でも、なんとなく「負け」は認めたくありません。今回の仕事はダメでしたが、その次もダメであるとは限りません。人が多いところはダメでしたが、そうでないところだとまだ分かりません。失敗をしたのは今回の一度だけなのです。

無理矢理ポジティブになってみましたが、そのくらいの気持ちを持ちつつ、今後の生き方を模索していくところから始めようと思います。

……その前に引っ越しの準備を始めなければならないんですけどね。

この記事を書いた人

エヌジマ

エヌジマ

三十路の唐変木。学校など特定の社会的状況で話せなくなる場面緘黙(ばめんかんもく)を過去に経験。現在も雑談は大の苦手で、時に緘黙の症状が出ることも。このブログでは自分の日常や「紹介したい!」と思ったものを中心にいろいろ書いています。詳しくは当ブログについてをご覧ください。また、お問い合わせはこちらのフォームからどうぞ。