会話の後の「一人反省会」で消耗するのはもったいない

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この記事を読んでいるあなた、もしかして会話の後に「ひとり反省会」をして時間もエネルギーも消耗していませんか?

それ、もったいないですよ。結局、寝て忘れるのが一番なんです。時間が解決してくれるんですよ。

自戒の念を込めて

僕はいま、自戒の念を込めてこの記事を書いています。

つまり、僕自身、昔から他人との会話を思い出しては「一人反省会」を頻繁にする人間だったのです。

  • あの時ああ言っておけばよかったかな
  • もしかしたら怒らせちゃったかな
  • なんでもっと上手く返せなかったんだ
  • 余計なことを言ってしまったかも
  • あの言葉傷つけてしまっていないかな

会話のやりとりを思い出しながら、こんなことを考えてしまうのです。

ひとり反省会の例

これは8月のこと。役所でとある証明書を発行してもらい、お会計をしようとすると、窓口にはかつての同級生Aさんがいました。

僕の順番になり、「○○!(当時のあだ名)」とAさんは僕に気付いた模様。僕も列に並んでいる時、「もしかしてAさん?」とは思っていました。

しかし、いざ対面すると数年ぶりということもあって緊張してしまい、「あっ、見たことあるーと思って。」とよく分からない返答をする始末。かろうじて笑顔でそう言ったのが救いでしょうか。

その後も「久しぶりに会えて嬉しいとはいえ相手は仕事中だから砕けた雰囲気にするのも悪いかな」という考えが頭の中で渦巻き、最後までグタグダした感じになってしまいました。

はい、会計後はもう自己嫌悪ですよ。

「なんで『久しぶり』とか普通のことが言えなかったんだ。すごくそっけない態度に見えたかも。それで嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。別れ際に『がんばってね』のひとことでも言えたら良かったのに。」

そんなことを何度も何度も何日にも渡って考えてしまいました。これは一例ですが、僕は過去にこんな経験を数えきれないほどしています。

考えても解決しない

適度な反省は「健全」でしょう。次はこうしようと反省したら即終了。気持ちを切り替える。それは良いことだと思います。

しかし、音楽を大音量で聞いてみても、体を動かしてみても気持ちを切り替えられず、ご飯を食べている時、お風呂に入っている時、さらには寝ようとしている時にも思い出してしまって寝付けない。

このように過度に反省して消耗してしまうのは「不健全」ではないでしょうか。ついつい「一人反省会」モードに入ってしまうのは分かります。僕も毎回そうですから。

でも、冷静に考えてみましょう。

ついコミュニケーションにおいて完璧を求めてしまいがちですが、実際不可能に近いですよね。自分が意図を100%伝えられたと思っても、それが自分の思う通りに相手に伝わっているかは分かりませんから。

自分があの時言った言葉も、相手にどう伝わっているかは分かりません。自分がネガティブに捉えていたとしても、相手も同じくネガティブに捉えているかは分かりません。

仮に相手に直接尋ねてみたとしても、その返答が本心なのかはやはり確認出来ません。その相手本人にしか分からないことです。つまり、考えるだけ無駄なのです。

気楽にいこう

そもそも終わったことなんですよ。その相手は今頃別の誰かとの会話を楽しんでますよ、きっと。

僕は何回も繰り返している内に気付きました。いくら「一人反省会」しないようにしてもふと思い返して自己嫌悪に陥ってしまう。でも、結局は時間が経てばいつの間にか忘れてしまっている

確かに、ふとしたことがきっかけでその時の会話を思い出してしまうこともあります。しかし、思い出したとしても既に「どうでもいいこと」に変化しており、頭を悩ませることもなく、ただ「そんなこともあったな」と思えるようになっているのです。

実は、あなたもそうじゃないですか?

適度な「一人反省会」は良いかもしれませんが、それで消耗してしまうのでは意味がありません。時間とエネルギーがもったいないですよ。

気楽にいきましょう。