他人が怒られているのを見ると悲しくなりませんか?

誰かが怒られたり注意されたりしている場面に居合わせるのが苦手です。怒る、怒られる。それは基本的に当該人物間のコミュニケーションですが、無関係な僕もまた怒られているような、そんな悲しい気持ちになってしまうのです。

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小さい頃からそうだった

小学生の頃には既にそういうタイプの人間になっていました。

授業中に騒いで怒られたり、宿題をやってこないで怒られたり、そんな同級生がいた時、僕もまた怒られているような気分になっていました。静かに先生の話を聞き、宿題も忘れずにやっていたとしてもです。

僕自身が怒られるようなことをしていないかどうかは関係ありません。その場に怒られている人がいたら、それだけで気分が沈んでしまうのです。時には恐怖さえ感じます。

声を荒げたり、表情を険しくしたり、そういうのが怖いです。静かな口調で諭すように怒っていたとしても、その裏にある怒りの感情がちらついて怖いのです。

敏感すぎるのでしょうか。年を重ね、少しは鈍感になるかと思いきや、全く変わりませn。中学・高校・大学……そして今でもやはり他人が怒られているところを見ると悲しくなってしまいます。

今年の3月にも

先々月、サッカーの試合を観に行きました。その試合では、地元の子がボールパーソン(ボールを拾ったり、新しいボールを球審や選手に渡したりする役割)を務めていました。

不慣れだったのでしょうか、多くの観客の前で緊張していたのでしょうか、なかなかスムーズにその仕事を果たせていない子がいました。ボールがラインを割ってもすぐにボールを出さず、選手に要求されてからようやく出すという感じ。

サッカーは1秒単位で状況が変わるスポーツ。スローワーがボールを手にするまでの時間が長ければ、チャンスもチャンスにならなくなってしまいます。守備側の選手がポジショニングを正す時間もまた長くなりますからね。

そのため、ボールパーソンはゲームの流れを止めないよう、素早くボールを出さなければなりません。

しかし、その子はそれができていませんでした。試合が開始して早い時間でしたが、両チームの選手が少し苛立っているような雰囲気でしたし、主審も早くボールを入れるように指示していました。

僕も「あの子に誰か言ってあげた方がいいんじゃない?」と思っていると、クラブ関係者と思しき人がその子のもとにやってきて何か話し出しました。

それを見て「あ、これは怒られてるな。」と思うと同時に不安な気持ちになる僕がいました。かわいそうではありますが、怒られるのは仕方ありません。それは僕も理解しています。実際、誰か早く言ってあげなきゃって思っていましたしね。

ところが、いざその光景を目の当たりにすると、なぜかとても悲しい気持ちになってしまったのです。怒られているのは僕ではありません。そして怒られている人にも怒られる理由があると分かっています。それでも悲しくなってしまったのです。

結局、試合の前半はなかなか落ち着いて試合を楽しむことができませんでした。

おわりに

他人が怒られているところを見て悲しくなるのは、なにも現実のリアルな世界に限ったことではありません。テレビに映る作り物のドラマなんかでも同じなのです。

登場人物が怒られている姿を見ると、心がざわついて悲しい気持ちになってしまいます。そのため、テレビドラマはもう十数年はちゃんと見ていません。そういう気持ちになるのを分かったうえで見ても仕方ないですからね。

しかしまあ、なぜこんなに敏感なのでしょうね。そもそも、敏感とはまた違った要素によるものなのでしょうか。僕には分かりません。ただ、小さい頃から変わらなかったのだから、今後もきっと変わらないままなのでしょう。

願わくば、他人が褒められているところを見ると嬉しくなる、そんな性質も身につけたいものです。